棚田での米作り

棚田での米づくり

棚田の風景

棚田の風景
小さな田んぼが緩やかに幾重にも重なり、その水面には、真っ青な青空と芽吹き始めた新緑が映し出されています。遠き時代から変わることなく受け継がれてきた、日本の原風景が、ここにあります。

棚田のルーツ

「棚田」は、平地の少ない貧しい土地に生まれた私達の祖先が、生きていく為に、険しい山を切り開き、耕し、土を盛り、ひとつひとつ、全て手作業で作り上げてきました。そうして増えていった棚田は別名「千枚田」とも呼ばれています。

棚田はきめ細かい手入れをしないと、存続できません。一度稲作を辞めてしまった棚田を復活させるのも容易ではありません。現存する棚田は、親から子へ、子から孫へと、絶やすことなく受け継がれてきた魂の象徴とも言えるでしょう。

棚田での米づくり

5月

棚田での米づくり 5月
新潟県の山間地にある棚田は、まだ厚い雪で覆われています。

6月

棚田での米づくり 6月
田おこし、代かき、田植え、上小沢の棚田では機械が入れない為、ほとんどの田んぼで手作業で行われます。収穫まで、水量の調節や除草など毎日、きめ細かく田んぼを観察します。

すくすく育った青い苗の絨毯が、通り抜ける風で波打つ風景は見事です。
棚田に引き込まれる水は、山の上から流れてきた雪解け水や雨水で、生活排水などが混ざることはありません。棚田が時に「天水田」と呼ばれるのはその為です。
そして山間部ならではの、昼と夜の寒暖の差が、より甘く、栄養たっぷりのおいしいお米を作ってくれるのです。

10月

棚田での米づくり 10月
平地より1ヶ月近く遅い収穫です。手で刈った稲を器用に束ねていきます。
乾燥機を使わず、田んぼのすぐ脇に立つ「はさ」と呼ばれる組まれた木にかけて、「天日干し」します。これが「はさがけ米」と呼ばれる由縁です。
逆さまに干されている稲穂の油分や栄養分、甘みが最下部の米粒へ降りていきます。こうして乾燥されたはさがけ米と乾燥機で乾燥させたお米の旨さの違いは歴然です。目で見ても艶が違うのですぐに判るほどです。

棚田のこれから

棚田のこれから
棚田の役割は、米を収穫するだけではありません。はるか太古の昔から、「棚田」は洪水を防ぐダムの役割を果たし、数知れない生き物を育み、その四季折々の風景は、日本農業の原点として日本人の心に潤いとやすらぎを与えてきました。

その棚田が、今や存亡の危機に立たされています。
山村の過疎化や担い手の高齢化、後継者難などの波が日本中の棚田を襲っています。新潟県の上小沢地区も例外ではありません。10年前に比べ、生産者の数は4分の1になりました。今も頑張って米づくりを続ける皆さんの年齢が70代、80代です。

地球規模で、環境問題が問いただされる今、私達は棚田の担っている役割をもう一度考える必要があります。日本各地で、少しずつですが、「棚田を守ろう」という運動も始まりました。都会からの観光客が農村を体験する「エコ・ツーリズム」や、都市部にいながら棚田を保有し、生産者と交流を持ちながら米の生育を見守る「棚田オーナー制度」など、その活動は様々です。

新潟こだわり市場は、棚田米生産者と交流を持ち続け、その作品や取材内容を日本全国の皆様にご紹介し、より多くの皆様に棚田のことを理解していただくことで、その一役を担っていきたい、と考えております。